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末の人の爲にこそ實なるには心〈木イ〉は植ゑ給ひけれ」などいひておこせたれば、哀にありし所とて、見む人も見よかしと思ふに、淚こぼれて植ゑさす。二日ばかりありて、雨いたく降り、こちかぜはげしく吹きて、一筋二筋うちかたぶきたれば、いかでなほさせむ、雨間もがなと思ふまゝに、

 「なびくかな思はぬかたに吳竹のうき世のすゑはかくこそありけれ」。

今日は二十四日、雨の脚いとのどかにてあはれなり。夕つけて、いと珍しき文あり。「いと怖しきけしきにおぢてなむ日頃經にける」などぞある。返り事なり〈しカ〉〈二十脫歟〉五日、猶雨やまで、つれづれと思はぬ山々とかやいふやうに、物の覺ゆるまゝに、盡きせぬものは淚なりけり。

 「降る雨のあしとも落つるなみだかなこまかにものを思ひ碎けば」。

今は三月つごもりになりにけり。いとつれづれなるを忌も違へがてら、しばしほかにと思ひて、縣ありきの所〈倫寧家〉に渡る。思ひさはりし事も平かになりにしかば、長きしやうじ始めむと思ひ立ちて、物など取りしたゝめなどする程に、「かうじは猶や重からむ。ゆるされあらば暮にいかゞ」とあり。これかれ見開きて、「かくのみあくがらしはつるはいと惡しきわざなり。猶こたみだに、御返りやんごとなきにも」と騷げば唯「月も見なくに、あやしく」とばかりものしつ。か〈よイ〉にあらじと思へばいそぎ渡りぬ。つれ〈きイ〉なきはそう〈ちイ〉に夜うち更けて見えたり。例のわきたぎることも多かれど、ほどせばく人騷がしき所に息もえ〈せイ〉ず、胸に手を置きたらむやうにて明しつ。心〈つイ〉とめてその事かの事ものすべかりければ急ぎぬるを〈なほイ有〉しもあるべき心