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Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/81

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つゞけて、あやしき木こりおろしていとを暗き中より來るも、心ち引きかへるたるやうに覺えていとをかし。關のぢ哀れ哀れとおぼえて、行くさきを見やりたれば行くへも知らず見え渡りて、鳥の二つ三つ居たると見ゆるものを、强ひて思へば釣舟なるべし。そこにこそえ淚は留めずなりぬる。いふかひなき心だにかく思へば、まして異人は哀と泣くなり。はしたなきまで覺ゆれば目も見合せられず。行くさきおほゆ〈かイ〉るに大津のいと物むづかしき家どもの中に引き入りにけり。それもめづらかなる心ちして行き過ぐれば遙々と濱に出でぬ。きし方を見やれば海づらに並びて集りたるやどりの前に船どもをきた〈しカ〉に並べ寄せつゝあるぞいとをかしき。う〈こイ〉ぎ行きちがふ舟どもゝあり。いにも〈てイ有〉ゆく程に巳のときはてになりにたり。しばし馬ども休めむとてし水といふ所に、かれと見やられたるほどに大きなるあふちの木唯一つ立てるかげに車かきおろして馬どもうらに引きおろしてひやうしなどして「こゝにて御破子待ちつけむ。かの〈らカ〉ささ〈きカ〉はまだいと遠かめり」といふほどに幼き人一人勞れたる顏にて寄り居たればゑぶくろなるものとり出でゝくひなどするほどに、破子持てきぬればさまざまあがちなどして、かたへはこれよりかへりてし水にきつるとて、行ひやりてなどすなり。さて車かけてそのさきにさしいたり、車引きかへてはらへしに行くまゝに見れば、風うち吹きつゝ浪たかくなる。行き交ふ舟ども帆を引き上げつゝいく。濱づらにをのこども集り居て「歌仕うまつりてまかれ」といへば、いふかひなき聲引き出でゝ歌ひて行く。はらへのほどにけ〈せイ〉いた〈たイ無〉になりぬべくなからくるいとほどせばきさきにてしもの方はみづ際に車立