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Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/76

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 「あるゝうらに鹽の煙は立ちけれどこなたにかへす風ぞなかりし」

とて、胡桃色の紙に書きて色かはりたる松につけて〈一字たりイ〉。』八月になりぬ。その頃小一條の左のおとゞ〈師尹〉の御賀とて世にのゝしる。左衞門の督〈濟時〉の御屛風の事せらるゝとて、繪さるまじきたよりをはからひて責めらるゝ事あり。契〈繪カ〉の所々書き出したるなり。いとしらしらしき事とてあまたゝびかへすを、せめてわりなくあれば、宵の程月見るあひたなどに、一つ二つなど思ひてものしけり。人の家に賀したる所あり。

 「大空をめぐる月日のいくかへり今日行くすゑにあはむとすらむ」。

旅行く人の濱づらに馬とめて千鳥の聲聞く所あり。

 「一聲にやがて千鳥と聞きつれば〈どイ〉世々をつくさむかずも知られず」。

あはだ山より駒引く。そのわたりなる人の家に引き人れて見る所な〈あカ〉り。

 「あまた年越ゆる山べに家居してつなひくこまもおもなれにけり」。

人の家の前近き泉に水に八月十五や月の影うつりたるを女ども見る程に、垣てのとより大路に笛吹きて行く人あり。

 「雲ゐよりうちえ〈こちカ〉の聲を聞くなべにさしくむばかり見ゆるつきかげ」。

田舍人の家の前の濱づらに松原あり。鶴群れて遊ぶ。ふたつ歌あるべしとあり。

 「なみかげの見やりに立てる小松ばらこゝろをよすることぞあるべ〈らイ〉し」

  松のかげ眞砂のなかと尋ぬるはなにのあかぬぞたづのむらとり」。