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〈兼家〉。幼き人〈道綱〉御供にとて物すればとかく出だし立てゝぞその日の暮に我がもとの所などすりしはてつれば渡る。供なるべき人などさし置きてければさて渡りぬ。それよりさ〈ば脫歟〉かりうしろめたき人をさへ添へてしかば、いかにいかにと念じつゝ、七月一日のころ曉に來て「唯今なむ歸り給へる」など語る。こゝは程いと遠くなりにたればしばしはありきなども難かりなむかしなど思ふに晝つ方なつく〈なつく以下めづらしくイ〉も見えたりしはなに事にかありけむ。さてその頃帥殿の北の方いかでにかありけむ。さゝ〈たふイ〉の峯よりなりけりと聞き給ひて、このみなつきと〈と衍歟〉ごろとおぼしけるを、使もてたるゑ〈二字がへカ〉て今一つ所へもて至りけり。取り入れてあやしともや思はずありけむ。かへりごとは〈なカ〉ど聞えてけりと傅へ聞きて、かの返り事を聞きて所違へてけり。いふかひなき事を又同じ事をも物したらば傅へても聞くらむに、いとねぢけたるべし。いかに心もなく思ふらむとなむ騷がるゝと聞くがをかしければ、かくてはやまじと思ひてさきの手して、

 「やまびこの答ありとは聞きながらあとなき空をたづねわびぬる」

とあさはなだなる紙に書きて、一葉繁うつきたる枝に立文にしてつけたり。またさし置きて失せにければ、先のやうにやあらむとてつゝみ給ふにやありけむ。猶おぼつかなし。あやしくのみあるに〈かイ〉なと思ふ。程經てたしかなるべきたよりを尋ねてかくのたまへる、

 「吹く風につけて物思ふあまのたくしほのけぶりは尋ね出でずや」

とて、いとけなき手して薄純の紙にて心〈松イ〉の枝につけて給へり。御かへりには、