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  あらばこそ  きみがとこ〈よ脫歟〉の  あれざらめ  塵のみおく〈けイ〉

  むなしくて  枕のゆくへも  しらじかし  いまはなみだも

  みなつきの  こかげにわぶる  うつせみの  むねさけてこそ

  歎くらむ〈めカ〉 ましてやあきの  かぜ吹けば  まがきのをぎの

  なかなかに  そよとこたへむ  をりごとに  いとゞ目さへや

  あはざらば  ゆめにもきみが  きみ〈こむイ〉を見て  ながき夜すがら

  鳴くむしの  おなじこゑにや  堪へざらむと  おもふころ〈二字心カ〉

  おほあらき  もりのしたなる  くさのみも  おなじくぬると

  しるらめや露」。

又奧に、

 「宿見ればよもぎの門もさしながらあるべきものと思ひけむやぞ〈はイ〉

と書きて、うち置きたるをまへなる人見つけて、「いみじう哀なることかな。これをかの北の方に見せ奉らばや」などいひなりて「げにそこよりといはゞこそかたくなはしく見ぐるしからめ」とてかんや紙に書かせて、立文にて削木につけたり。「いづこよりとあらば多武の峯よりといへ」とをしふるは、この御はらからの入道の君〈高光〉の御もとよりといはせよとてなりけり。人とりていりぬるほどに使は歸りにけり。かしこにいかやうにかせ〈さイ〉だめおぼしけむは知らず。かくあるほどに心ち聊人ご〈こ脫歟〉ちすれど二十日よひのほどに御嶽〈金峰山兼家參之〉にとて急ぎ立