Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/72

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なむ思ひ聞ゆる。人にもいはぬ事のをかしうなど聞えつるも忘れずやあらむとすらむ。をりしもあれ對めんに聞えつべき程にもあらざりければ、

  露しげき道とかいとゞしでの山かつがつぬるゝそでいかにせむ」

と書きて、端に「跡にと〈はイ〉ひなどもちりの〈こらむイ有〉ことをなむあやまたざなるさへよくならへ〈かくなしつイ〉となむ聞え置きたるとのたまはせよ」と書きてふんじて上に「忌などはてなむに〈日イ〉御覽ぜさすべし」と書きて傍なるからうつにゐざりよりて入れつ。見る人あやしと思ふべけれど、久しくしならばかくだにものせざらむ事のいとむせ〈ねカ〉痛かるべければなむ。』かくて猶同じやうなれば祭祓などいふ業ことごとしうはあらで、やうやうなどしつゝみなつきの晦方にいさゝか物おぼゆる心ちなどするほどに聞けば、そち殿〈高明〉の北の方尼になり給ひにけりとおは〈如元〉にもいとあはれに思う〈た脫歟〉てまつる。西の宮へ流され給ひて三日といふに、かきはらひ燒けにしかば、北の方我が御殿桃園なるに渡りていみじげにながめ給ふと聞くにもいみじう悲しく我がうち〈二字こゝちカ〉のさわやかにもならねば、つくづくと臥して思ひ集むることぞあひなきまで多かるを書き出したれば、いと見苦しけれど、

 「あはれ今は  かくいふかひも  なけれども  おもひしことは 

  はるのすゑ  はななむ散ると  さわぎしを  あはれあはれと

  聞きしまに  にしのみやまの  うぐひすは  かぎりのこゑを

  ふりたてゝ  きみがむかしの  あたごやま  さして入りぬと