Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/56

提供:Wikisource
このページは校正済みです

なくば猶しう〈うしカ〉」とて屛風のうしろにほのかにとつ〈もカ〉したり。「まだいをなども食はず今宵なむおはせば諸共に」とてある。「いづら」などいひてもの參らせたり。少し食ひなどしてぜじたちありければ、夜うち更けてた〈ごカ〉しんにとてものしたれば「今はうちやすみ給へ。日頃よりは少し休まりたり」といへば大とこ「しかおはしますなり」とて立ちぬ。さて「さ〈よカ〉は明けぬるを人など召せ」といへば「なにか。まだいと暗からむ。しばし」とてあるほどに,明うなればをのこども呼びて、しとみ上げさせて見つ。「見給へ。草どもはいかゞうしたる」とて見出したるに「いとかたはなるほどになりぬ」などいそげば「なにか今は粥など參りて」とあるほどに晝になりぬ。さて「いざ諸共に歸りなむ。またばものしかるべし」などあれば、「かく參り來たるをだに人いかにもおもふに、御迎へなりけると見ば、いとうたてものしからむ」といへる〈ばカ〉「さらばをのこども車寄せよ」とて寄せたれば、乘る所もかつ〈ろイ〉がつ〈ろイ〉とあゆみ出でたればいとあはれと見る見る「いつか御ありきは」などいふ程に淚浮きにけり。いと心もとなければ「あすあさての程ばかりには參りなむ」とて、いとさうざうしげなる氣色なり。少し引き出でゝ牛懸くる程に見通せば、ありつる所に歸りて見おこせて、つくづくとあるを見つゝ引き出づれば、心にもあらで顧みのみぞせらるゝかし。さて晝つ方文あり。何くれと書きて、

 「かぎりかと思ひつゝこし程よりもなかなかなるは侘びしかりけり」。

かへりごと猶いと苦しげにおぼしたりつれば、「今もいと覺束なくなむ。なかなかに、

  我もさぞのどけきとこのうらならで歸る波路はあやしかりけり」。