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又業平が母の宮の、「いよいよ見まく」とのたまへるいみじうあはれにをかし。引きあけて見たりけむこそ思ひやらるれ。

をかしと思ひし歌などを草紙に書きておきたるに、げすのうちうたひたるこそ心憂けれ。よみにもよむかし。

よろしき男をげす女などの譽めて「いみじうなつかしうこそおはすれ」などいへば、やがて思ひおとされぬべし。そしらるゝはなかなかよし。げすにほめらるゝは女だにわろし。又譽むるまゝに言ひそこなひつるものをば。

大納言殿〈伊周〉參り給ひて文の事など講じ給ふに、例の夜いたう更けぬれば御前なる人々、一二人づゝうせて、御屛風几帳の後などに皆隱れふしぬれば、唯一人になりてねぶたきを念じてさぶらふに、「丑四つ」と奏するなり。「明け侍りぬなり」とひとりごつに、大納言殿今更におほとのごもりおはしますよとて、ぬべき物にもおぼしたらぬを、うたて何しにさ申しつらむとおもへども、又人のあらばこそはまぎれもせめ。上の御前の柱に寄りかゝりて少しねぶらせ給へるを「かれ見奉り給へ。今は明けぬるに、かくおほとのごもるべき事かは」と申させ給ふ。「實に」など宮のお前にも笑ひ申させ給ふも知らせ給はぬほどに、をさめが童の鷄を捕へて持ちて「明日里へいかむ」といひて隱し置きたりけるが、いかゞしけむ、犬の見つけて追ひければ廊のさきに逃げいきて恐しう鳴きのゝしるに、皆人起きなどしぬなり。上もうち驚かせ坐しまして「いかにありつるぞ」と尋ねさせ給ふに大納言殿の「聲明王のねぶりを驚す」と