Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/372

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せじとこそ思へ。人の心々なればにやあらむ、物見しり思ひ知りたる女の心ありと見ゆるなどをば語らひて數多いく所もあり元よりのよすがなどもあれば、繁うしも得こぬを、猶さるいみじかりし折に來りし事など人にも語りつがせ、身をほめられむと思ふ人のしわざにや。それもむげに志なからむには何しにかはさもつくりごとしても見えむとも思はむ。されど雨の降る時は唯むつかしう、今朝まではればれしかりつる空とも覺えずにくゝて、いみじきほそ殿のめでたき所とも覺えず。ましていとさらぬ家などは疾く降り止みねかしとこそ覺ゆれ。月のあかきに來らむ人はしも、十日廿日一月もしは一年にても、まして七八年になりても思ひ出でたらむはいみじうをかしと覺えて、え逢ふまじうわりなき所、人目つゝむべきやうありとも必立ちながらも物いひて返し又とまるべからむをば留めなどしつべし。

月の明き見るばかり遠く物思ひやられ、過ぎにし事憂かりしも嬉しかりしもをかしと覺えしも、唯今の樣に覺ゆる折やはある。こまのゝ物語は何ばかりをかしき事もなく、詞もふるめき見所多からねど、月に昔を思ひ出でゝ、蟲ばみたるかはほりとり出でゝ「元見し駒に」といひて立てるかど哀なり。雨は心もとなきものと思ひしみたればにや、片時降るもいとにくゝぞある。やんごとなき事、おもしろかるべき事、尊くめでたかるべき事も、雨だに降れば言ふかひなく口惜しきに、何かその濡れてかこちたらむがめでたからむ。實に交野少將もどきたる落窪の少將などはをかし。それもよべおとゝひの夜もありしかばこそをかしけれ。足洗ひたるぞにくく、きたなかりけむ。さらでは何か、風などの吹く荒々しき夜きたるはたのもしくて