Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/371

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物忌などくすしうするものゝ、名をさうにてもたる人のあるが、ことびとの子になて平などいへど、唯もとのしやうを若き人々ことぐさにて笑ふ有樣も異なる事なし。兵部とてをかしきかたなどもかたきが、さすがに人などにさしまじり心などのあるは御前わたりに見苦しなど仰せらるれど腹ぎたなく知り吿ぐる人もなし。一條院つくられたる一間の所には、つらき人をば更に寄せず、東のみかどにつと向ひてをかしき小廂に、式部のおとゞ諸共に夜も晝もあれば、上も常に物御覽じに出でさせ給ふ。「今宵は皆內に寐む」とて南の廂に二人臥しぬる後に、いみじう叩く人のあるに、「うるさし」などいひ合せて寐たるやうにてあれば、猶いみじうかしがましう呼ぶを「あれおこせ、空ねならむ」と仰せられければ、この兵部來て「起せどねたるさまなれば更に起き給はざりけり」と言ひにいきたるがやがて居つきて物いふなり。暫しかと思ふに夜いたう更けぬ。「權中將にこそあなれ。こは何事をかうはいふ」とて唯みそかに笑ふもいかでか知む。曉までいひ明して歸りぬ。「この君いとゆゝしかりけり。更に坐せむに物いはじ。何事をさは言ひあかすぞ」など笑ふに、遣戶をあけて女は入りぬ。つとめて例の廂に物いふを聞けば「雨のいみじう降る日きたる人なむいと哀なる。日頃おぼつかなうつらき事ありとも、さてぬれて來らば憂き事も皆忘れぬべし」とは、などていふにかあらむを。よべ昨日の夜もそれかあなたの夜もすべてこの頃はうちしきり見ゆる人の、今宵もいみじからむ雨に障らで來たらむは、一夜も隔てじと思ふなめりとあはれなるべし。さて日頃も見えずおぼつかなくて過ぐさむ人の、かゝる折にしも來むをば、更に又志あるには得