Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/364

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納言は笑ひ給ひて、皆乘り續きて立てるに「今ぞ御輿出でさせ給ふ。めでたし」と見え奉りつる御有樣にこれは比ぶべからざりけり。朝日はなばなとさしあがる程に、木の葉のいとはなやかにかゞやきて、みこしの帷子の色つやなどさへぞいみじき。御綱はりて出させ給ふ。御輿のかたびらのうちゆるぎたるほどまことにかしらの毛など人のいふは更にそらごとならず。さて後に髮あしからむ人もかこちつべし。あさましういつくしう猶いかでかゝる御前に馴れ仕うまつるらむと、我が身もかしこうおぼゆる。御輿過ぎさせ給ふほど車のしぢども人だまひにかきおろしたりつる、又牛どもかけてみこしのしりにつゞきたる心ちのめでたう興あるありさまいふ方なし。おはしましつきたれば大門のもとに高麗唐土のがくして、獅子狛犬をどり舞ひ、さうの音鼓の聲に物も覺えず。こはいづくの佛の御國などに來にけるにかあらむと、空に響きのぼるやうにおぼゆ。內に入りぬればいろいろの錦のあげはりに、みすいと靑くてかけ渡しへい幔など引きたるほど、なべてたゞにこの世と覺えず。御さじきにさし寄せたれば又この殿ばら立ち給ひて「疾くおりよ」とのたまふ。乘りつる所だにありつるを今少しあかうけ證なるに、大納言殿いとものものしく淸げにて、御したがさねのしりいと長く所せげにて、すだれうちあげて「はや」とのたまふ。つくろひそへたる髮もからぎぬの中にてふくだみ、あやしうなりたらむ色の黑さ赤ささへ見わかれぬべき程なるが、いとわびしければふともえおりず。「まづしりなるこそは」などいふほどもそれも同じ心にや、「退かせ給へ。かたじけなし」などいふ。「耻ぢ給ふかな」と笑ひて立ちかへりからうじておりぬれば、