Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/365

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寄りおはして「むねたかなどに見せで、かくしておろせ」と宮の仰せらるればきたるに「思ひくまなき」とて引きおろしてゐて參り給ふ。さ聞えさせ給ひつらむと思ふもかたじけなし。參りたれば始おりける人どもの物の見えぬべきはしに、八人ばかり出で居にけり。一尺と二尺ばかりの高さのなげしのうへにおはします。こゝに立ち隱して「ゐて參りたり」〈と脫歟〉申し給へば「いづら」とて几帳のこなたに出でさせ給へり。まだからの御ぞも奉りながらおはしますぞいみじき。紅の御ぞよろしからむや。中に唐綾の柳の御ぞ、えび染のいつへの御ぞに赤色の唐の御ぞ、地摺の唐のうすものに象眼重ねたる御裳など奉りたり。織物の色更になべて似るべきやうなし。「我をばいかゞ見る」と仰せらる。いみじうなむ候ひつるなども、ことに出でゝはよのつねにのみこそ。「久しうやありつる。それは殿の大夫〈道長〉の院の御供に來て人に見えぬる、同じ下襲ながら宮の御供にあらむ、わろしと人思ひなむとて殊に下襲ぬはせ給ひける程に遲きなりけり。いとすき給へり」などゝうち笑はせ給へる。いとあきらかに晴れたる所は今少しけざやかにめでたう、御額あげさせ給へるさいじに御わけめの御ぐしの聊よりてしるく見えさせ給ふなどさへぞ聞えむかたなき。三尺の御几帳一よろひをさしちがへてこなたの隔てにはして、そのうしろには疊一ひらをながざまにへりをしてなげしの上に敷きて、中納言の君といふは殿の御をぢの兵衞督たゞきよと聞えけるが御むすめ。宰相の君とは富小路左大臣〈顯忠〉の御孫、それ二人ぞうへに居て見え給ふ。御覽じわたして宰相はあなたに居て「うへ人どもの居たる所いきて見よ」と仰せらるゝに、心得て「こゝに三人いとよく見