Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/361

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など笑ひ合ひて立てる前よりおしこりて惑ひ乘り果てゝ出でゝ「かうか」といふに、「まだこゝに」といらふれば、宮司寄り來て「誰々かおはする」と問ひ聞きて「いとあやしかりける事かな。今は皆のりぬらむとこそ思ひつれ。こはなどてかくは後れさせ給へる。今は得選を乘せむとしつるに、めづらかなるや」など驚きて寄せさすれば「さばまづ、その御志ありつらむ人を乘せ給ひて、次にも」といふ聲聞きつけて「けしからず腹ぎたなくおはしけり」などいへば乘りぬ。その次には誠にみづしが車にあれば、火もいと暗きを笑ひて、二條の宮に參りつきたり。みこしは疾く入らせ給ひて皆しつらひ居させ給ひけり。「こゝに呼べ」と仰せられければ、右〈左イ〉京小左近などいふ若き人々、參る人ごとに見れどなかりけり。おるゝに隨ひ四人づゝ御前に參り集ひて待ふに「いかなるぞ」と仰せられけるも知らず、ある限りおりはてゝぞ、辛うじて見つけられて「かばかり仰せらるゝには、などかくおそく」とて率ゐて參るに、見ればいつのまにかうは年ごろのすまひのさまにおはしましつきたるにかとをかし。「いかなればかう何かと尋ぬばかりは見えざりつるぞ」と仰せらるゝに、とかくも申さねば、諸共に乘りたる人いとわりなし。「さいはての車に侍らむ人はいかでか疾くは參り侍らむ。これもほとほとえ乘るまじく侍りつるを、みづしがいとほしがりてゆづり侍りつるなり。暗う侍りつる事こそわびしう侍りつれ」と笑ふ笑ふ啓するに、「行事するものゝいとあやしきなり。又などかは、心知らざらむ者こそつゝまめ。右衞門などはいへかし」など仰せらる。「されどいかでか走りさきだち侍らむなどいふも、かたへの人にくしと聞くらむ」と聞ゆ。「さまあしうて