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Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/360

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ませば寐くたれの朝顏も時ならずや御覽ぜむと引き入らる。おはしますまゝに「かの花うせにけるは。いかにかくはぬすませしぞ。いぎたなかりける女房達かな。知らざりけるよ」と驚かせ給へば「されど我よりさきにとこそ思ひて侍るめりつれ」と忍びやかにいふを、いと疾く聞きつけさせ給ひて「さ思ひつる事ぞ。世にこと人出でゝ見つけじ。宰相とそことの程ならむと推し量りつ」とていみじう笑はせ給ふ。「さりげなるものを、少納言は春風におほせける」と宮の御前にうちゑませ給へるめでたし。「そらごとをおほせ侍るなり。今は山田もつくるらむ」とうちずんぜさせ給へるもいとなまめきをかし。「さてもねたく見つけられにけるかな。さばかり誡めつるものを、人の所にかゝるしれものゝあるこそ」とのたまはす。「春風はそらにいとをかしうもいふかな」とずんぜさせ給ふ。「たゞことにはうるさく思ひよりて侍りつかし。今朝のさまいかに侍らまし」とて笑はせ給ふを、小若君「されどそれはいと疾く見て、雨にぬれたりなどおもてぶせなりといひ侍りつ」と申し給へば、いみじうねたがらせ給ふもをかし。さて八日九日の程にまかづるを「今少し近うなして」など仰せらるれど出でぬ。いみじう常よりも長閑に照りたる晝つかた、「花のこゝろひらけたりや、いかゞいふ」とのたまはせたれば「秋はまだしく侍れど、世にこのたびなむのぼる心ちし侍る」など聞えさせつ。出でさせ給ひし夜車の次第もなくまづまづとのり騷ぐがにくければ、さるべき人三人と猶この車に乘るさまのいとさわがしく、祭のかへさなどのやうに倒れぬべく惑ふいと見ぐるし。「たゞさばれ、乘るべき車なくてえ參らずはおのづから聞しめしつけて賜はせてむ」