Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/318

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はゞくつわ蟲などに似て、うたてけぢかく聞かまほしからず、ましてわろう吹きたるはいとにくきに、臨時の祭の日、いまだおまへには出ではてゞ物のうしろにて橫笛をいみじう吹き立てたる、あなおもしろと聞く程に、なからばかりよりうちそへて吹きのぼせたる程こそ、唯いみじう麗しき髮もたらむ人も皆立ちあがりぬべき心ちぞする。やうやう琴笛あはせて步み出でたるいみじうをかし。

     見るものは

行幸、祭のかへさ、御賀茂詣。臨時の祭空くもりて寒げなるに雪少しうち散りてかざしの花、靑摺などにかゝりたるえもいはずをかし。太刀の鞘のきはやかに黑うまだらにて、白く廣う見えたるに、半臂の緖のやうしたるやうにかゝりたる、地摺袴の中より氷かと驚くばかりなるうち目など、すべていとめでたし。今少し多く渡らせまはしきに、使は必にくげなるもあるたびは目もとまらぬ。されど藤の花に隱されたる程はをかしう、猶過ぎぬるかたを見送らるゝに、べいじうのしなおくれたる、柳の下襲にかざしの山吹おもなく見ゆれども、扇いと高くうちならして「賀茂の社のゆふだすき」とうたひたるはいとをかし。

行幸になずらふる物は何かあらむ。御輿に奉りたるを見參らせたるは、明暮御前に侍ひ仕うまつる事もおぼえず。かうがうしういつくしう常は何ともなきつかさ、ひめまうちぎみさへぞやんごとなう珍しう覺ゆる。みつなのすけ中少將などいとをかし。

祭のかへさいみじうをかし。咋日は萬の事麗しうて、一條の大路の廣う淸らなるに日の影も