Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/319

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暑く車にさし入りたるもまばゆければ、扇にて隱し、居直りなどして久しう待ちつるも見苦しう汗などもあえしを、今日はいと疾く出でゝ雲林院、知足院などのもとに立てる車ども葵鬘もうちなえて見ゆ。日は出でたれど空は猶うち曇りたるに、いかで聞かむと目をさまし起き居て待たるゝ杜鵑のあまたさへあるにやと聞ゆるまで鳴き響かせばいみじうめでたしと思ふ程に、鶯の老いたる聲にてかれ似せむと覺しくうち添へたるこそ憎けれど又をかし。いつしかと待つに、御社の方より赤ききぬなど着たるものどもなど連れ立ちてくるを「いかにぞ。事成りぬや」などいへば「まだむご」などいらへて御輿たごしなどもてかへる。これに奉りておはしますらむもめでたくけぢかく、いかでさるげすなどの侍ふにかとおそろし。はるかげにいふ程もなく歸らせ給ふ。葵より始めて靑朽葉どものいとをかしく見ゆるに、所の衆の靑色がさねを、けしきばかり引きかけたるは卯の花垣根近う覺えて、杜鵑もかげに隱れぬべうおぼゆかし。昨日は車ひとつにあまた乘りて二藍の直衣、あるは狩衣など亂れ着て、すだれ取りおろし、物ぐるほしきまで見えし君達の齋院のゑんがにて、ひのさうぞくうるはしくて今日は一人づゝをさをさしく乘りたるしりに殿上わらはのせたるもをかし。わたりはてぬる後には、などかさしも惑ふらむ、我も我もとあやふくおそろしきまでさきに立たむと急ぐを、「かうな急ぎそ。のどやかに遣れ」と扇をさし出でゝ制すれど、聞きも入れねば、わりなくて、少し廣き所に强ひてとゞめさせて立ちたるを、心もとなくにくしとぞ思ひたる。きほひかゝる車どもを見やりてあるこそをかしけれ。少しよろしきほどにやり過して道の