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     受領は

紀伊守、和泉。

     やどりのつかさの權の守は

下野、甲斐、越後、筑後、阿波。

     大夫は

式部大夫、左衞門大夫、史大夫。六位藏人思ひかくべき事にもあらず。かうぶりえて何の大夫權の守などいふ人の、板屋せばき家もたりて、また小檜垣など新しくし、車やどりに車ひきたて、前近く木おほくして牛つながせて草などかはするこそいとにくけれ。庭いと淸げにて紫革して伊豫すかけわたしてぬのさうじはりてすまひたる。よるは門强くさせなど事行ひたる、いみじうおひさきなくこゝろづきなし。親の家しうととはさらなり、伯父兄などの住まぬ家、そのさるべき人のなからむはおのづからむつましううち知りたる受領、又國へ行きていたづらなる、さらずは女院宮原などの屋あまたあるに、つかさまち出でゝ後いつしかよき所尋ね出でゝ住みたるこそよけれ。女のひとり住む家などは唯いたう荒れてついぢなどもまたからず、池などのある所は水草ゐ、庭なども糸よもぎ茂りなどこそせねども、所々すなごの中より靑き草見え、寂しげなるこそあはれなれ。物かしこげになだらかにすりして門いたうかため、きはきはしきはいとうたてこそ覺ゆれ。

宮づかへ人の里なども親ども二人あるはよし。人しげく出で入り、奧のかたにあまたさまざ