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あかくなりにしかば、「葛城の神今ぞすぢなき」とてわけておはしにしを、七夕のをりこの事を言ひ出でばやと思ひしかど、宰相になり給ひにしかば、必しもいかでかはその程に見つけなどもせむ。文かきてとのもづかさしてやらむなど思ひし程に、七日に參り給へりしかば、うれしくて、その夜の事などいひ出でば心もぞえたまふ、すゞろにふといひたらば怪しなどやうちかたぶき給はむ、さらばそれにはありし事いはむとてあるに、つゆおぼめかでいらへ給へりしかば、まことにいみじうをかしかりき。日ごろいつしかと思ひ侍りしだに我が心ながらすきずきしと覺えしに、いかでさはた思ひまうけたるやうにのたまひけむ。もろともにねたがりいひし中將は思ひもよらで居たるに「ありし曉の詞いましめらるゝは知らぬか」との給ふにぞ「げにさしつ」などいひ、男はちやうけんなどいふことを人には知せず、この君に心えていふを「何事ぞ何事ぞ」と源中將はそひつきて問へどいはねば、かの君に「猶これのたまへ」と怨みられて、よき中なれば聞せてけり。いとあへなく言ふ程もなく近うなりぬるをば、おし小路のほどぞなどいふにわれも知りにけるといつしかしられむとて、わざと呼び出でゝ、「碁盤侍りや。まろもうたむと思ふはいかゞ。手はゆるし給はむや。頭中將とひとし碁なり。なおぼしわきそ」といふに、「さのみあらば定めなくや」といらへしを、かの君に語り聞えければ「嬉しく言ひたる」とよろこび給ひし。猶過ぎたる事忘れぬ人はいとをかし。宰相になり給ひしを、うへ〈一條院〉のおまへにて、「詩をいとをかしうずんじ侍りしものを、蕭會稽の古廟をも過ぎにしなども誰か言ひはべらむとする。暫しならでもさふらへかし。口惜しきに」など