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Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/299

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どいと心もとなし。けさう人などはさしも急ぐまじけれど、おのづから又さるべきをりもあり。又まして女も男もたゞに言ひかはすほどは、時のみこそはと思ふほどに、あいなくひが事も出でくるぞかし。又心ちあしく物おそろしきほど夜の明くるまつこそいみじう心もとなけれ。まつばくろめのひるほども心もとなし。

故殿の御服の頃六月三十日の御はらへといふ事に出でさせ給ふべきを、しきの御ざうしは方あしとて官のつかさのあいたん〈るイ〉所に渡らせ給へり。その夜はさばかり暑く、わりなき闇にて何事もせばうかはらぶきにてさまことなり。例のやうに格子などもなく、唯めぐりてみすばかりをぞかけたる、なかなか珍しうをかし。女房庭におりなどして遊ぶ。ぜんざいにはくわんざうといふ草を、ませゆひていと多く植ゑたりける。花きはやかに重りて咲きたる、うべうべしき所の前栽にはよし。時づかさなどは唯かたはらにて鐘の音も例には似ず聞ゆるを、ゆかしがりて若き人々二十餘人ばかりそなたに行きてはしり寄り、たかきやにのぼりたるをこれより見あぐれば、薄にびのも、唐ぎぬ、同じ色のひとへがさね、紅の袴どもをきてのぼり立ちたるは、いと天人などこそえいふまじけれど、空よりおりたるにやとぞ見ゆる。おなじ若さなれどおしあげられたる人はえまじらで、うらやましげに見あげたるもをかし。日暮れてくらまぎれにぞ過したる人々皆立ちまじりて、右近の陣へ物見に出できてたはぶれ騷ぎ笑ふもあめりしを「かうはせぬ事なり。上達部のつき給ひしなどに女房どものぼり上官などのゐる障子を皆打ちとほしそこなひたり」など苦しがるものもあれどきゝも入れず。