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の人にくむなることゝて今とゞむべきにもあらず。又あとびの火ばしといふ事などてか。世になき事ならねば皆人知りたらむ。げに書きいで人の見るべき事にはあらねど、この草紙を見るべきものと思はざりしかば、あやしき事をもにくき事をも、唯思はむ事のかぎりを書かむとてありしなり。

     なほ世にめでたきもの

臨時の祭のおまへばかりの事は何事にかあらむ。しがくもいとをかし。春は空のけしきのどかにてうらうらとあるに、淸凉殿の御まへの庭に、かもりづかさのたゝみどもをしきて使は北おもてに、まひ人は御前のかたに、これらはひが事にもあらむ。

所の衆どもついがさねどもとりて、前ごとにすゑわたし、べいじゆうもその日は御前に出で入るぞかし。くぎやう殿上人はかはるがはる盃とりて、はてにはやくがひといふ物をのこなどのせむだにうたてあるを、御前に女ぞ出でゝ取りける。思ひかけず人やあらむとも知らぬに、ひたき屋よりさし出でゝ多く取らむと騷ぐものは、なかなかうちこぼしてあつかふ程に、かろらかにふと取り出でぬるものには後れて、かしこきをさめどのに火たき屋をして取り入るゝこそをかしけれ。かんもりづかさのものどもたゝみとるやおそきと、とのもりづかさの官人ども手每にはゝきとりすなごならす。承香殿の前の程に笛を吹きたて拍子うちて遊ぶを、とく出でこなむと待つに、うどはまうたひて竹のませのもとに步みて出でゝ、みことうちたる程など、いかにせむとぞ覺ゆるや。一の舞のいとうるはしく袖をあはせて二人は