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語などして居たるほどにまづと召したれば、參りたるに、この事仰せられむとてなりけり。「うへの渡らせ給ひて語り聞えさせ給ひてをのこども皆扇に書きてもたる」と仰せらるゝにこそあさましう何のいはせける事にかと覺えしか。さてのちに袖ぎちやうなど取りのけて思ひなほり給ふめりし。

かへる年の二月廿五日に、宮、しきの御ざうしに出でさせ給ひし、御ともに參らで海壺に殘り居たりし又の日、頭中將〈齊濟〉のせうそことて「きのふの夜鞍馬へ詣でたりしにこよひ方のふたがればたがへになむ行く。まだ明けざらむに歸りぬべし。かならずいふべき事あり。いたくたゝかせで待て」とのたまへりしかど「局に一人はなどてあるぞ。こゝにねよ」とてみくしげ殿〈定子妹〉めしたれば參りぬ。久しくねおきておりたれば「よるいみじう人のたゝかせ給ひし。からうじて起きて侍りしかば、うへにかたらばかくなむとのたまひしかども、よもきかせ給はじとて臥し侍りにき」と語る。「心もとなの事や」とて聞くほどにとのもりづかさきて、「頭の殿の聞えさせ給ふなり。唯今まかり出づるを、聞ゆべき事なむある」といへば「見るべきことありて、うへ〈中宮〉になむのぼり侍る。そこにて」といひて局はひきもやあけ給はむと心ときめきして煩はしければ、梅壺の東おもてのはじとみあげて「こゝに」といへば、めでたくぞ步み出で給へる。櫻の直衣いみじく花々とうらの色つやなどえもいはずけうらなるに、えびぞめのいと濃き指貫に藤のをり枝、ことごとしくをりみだりて、紅の色うちめなどかゞやくばかりぞ見ゆる。次第に白きうす色などあまたかさなりたる。せばきまゝに片つかたはしもなが