Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/229

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に」とあるを、いかゞはすべからむ御まへのおはしまさば御覺ぜさすべきを、これがすゑしり顏にたどたどしきまんなに書きたらむも見苦しなど思ひまはすほどもなく、せめまどはせば、唯その奧にすびつの消えたる炭のあるして「草のいほりを誰かたづねむ」と書きつけて取らせつれど、返り事もいはで、みなねてつとめていととく局におりたれば、源中將〈經房〉の聲して「草のいほりやある草のいほりやある」とおどろおどろしうとへば「などてかさ人げなき物はあらむ。玉のうてなもとめ給はましかばいで聞えてまし」といふ。「あな嬉し。しもにありけるよ。うへまで尋ねむとしつるものを」とて「よべありしやう、頭中將のとのゐ所にて少し人々しき限、六位まで集りて萬の人のうへ、むかし今と語りていひしついでに、猶このものむげに絕えはてゝ後こそさすがにえあらね、もしいひ出づる事もやと待てどいさゝか何とも思ひたらず、つれなきがいとねたきを、今宵あしともよしとも定めきりてやみなむかしとて、皆いひ合せたりし事を、唯今は見るまじきとて入り給ひぬとてとのもりづかさ來りしを、又追ひ返してたゞ袖をとらへてとうざいをさせずこひとりもてこずば、文を返しとれといましめて、さばかり降るあめのさかりに遣りたるに、いと疾く歸りきたり。これとてさし出でたるがありつる文なれば、返してけるかとうち見るに、あはせてをめけば、あやし、いかなる事ぞとて皆寄りて見るに、いみじきぬす人かな、なほえこそすつまじけれと見さわぎて、これがもとつけてやらむ、源中將つけよなどいふ。夜更くるまでつけわづらひてなむやみにし。このことかならず語り傳ふべきことなりとなむ定めし」といみじくかたはら