Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/205

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に文書かむとて、道の程も心もとなく「おふの下草」など口ずさひて我がかたへ行くに、格子のあがりたれば、みすのそばをいさゝかあけて見るに、起きていぬらむ人もをかし。露を哀と思ふにや〈とイ有〉、暫し見たれば、枕がみのかたに、ほゝ〈の木イ有〉に紫の紙はりたる扇ひろごりながらあり。みちのくに紙のたゝう紙のほそやかなるが、花か紅か少しにほひうつりたるも几帳のもとに散りぼひたる。人のけはひあればきぬの中より見るに、うちゑみて長押におしかゝり居たれば、はぢなどする人にはあらねど、うちとくべき心ばへにもあらぬに、ねたうも見えぬるかなと思ふ。「こよなき名殘の御あさいかな」とてすのうちになからばかり入りたれば、「露よりさきなる人のもどかしさに」といらふ。をかしき事とりたてゝ書くべきにあらねど、かくいひかはすけしきどもにくからず。枕がみなる扇を我がもちたるしておよびてかき寄するが、あまり近う寄りくるにやと心ときめきせられで、今少し引き入らるゝ。とりて見などしてうとくおぼしたる事などうちかすめ恨みなどするに、あかうなりて人の聲々し、日もさし出でぬべし。霧の絕間見えぬ程にと急ぎつる文も、たゆみぬるこそうしろめたけれ。出でぬる人もいつの程にかと見えて、萩の露ながらあるにつけてあれど、えさし出でず。かうのかのいみじうしめたるにほひいとをかし。あまりはしたなき程になれば、立ち出でゝ我がきつるところもかくやと思ひやらるゝもをかしかりぬべし。

     木の花は

梅のこくも薄くも紅梅。櫻の花びらおほきに葉色こきが枝ほそくして咲きたる。藤の花しな