Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/203

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いひつる」とのたまふめれば、三位の中將〈道隆〉「いとなほき木をなむ押し折りためる」と聞え給ふに、うち笑ひ給へば、皆何となくさと笑ふ聲聞えやすらむ。中納言「さて呼び返されつるさきにはいかゞいひつる。これやなほしたること」と問ひ給へば「久しうたちて侍りつれども、ともかくも侍らざりつれば、さは參りなむとてかへり侍るを、呼びて」とぞ申す。「たれが車ならむ、見知りたりや」などのたまふほどに、講師のぼりぬれば、皆ゐしづまりてそなたをのみ見るほどに、この車はかいけつやうにうせぬ。したすだれなど、たゞけふはじめたりと見えて、濃きひとへがさねに、二藍の織物蘇枋のうすものゝうはぎなどにて、しりにすりたるもやがてひろげながらうち懸けなどしたるはなに人ならむ、何かは、人のかたほならむことよりはげにときこえて、なかなかいとよしとぞ覺ゆる。あさざの講師せいはん、かうざのうへも光みちたる心ちしていみじくぞあるや。あつさの侘しきにそへてしさすまじき事の今日すぐすまじきをうち置きて、唯少し聞きて歸りなむとしつるを、しきなみにつどひたる車の奧になむ居たれば、出づべきかたもなし。あしたの講はてなばいかで出でなむとてまへなる車どもにせうそこすれば、近くたゝむうれしさにや、はやばやとひき出であけて出すを見給ふ。いとかしかましきまで人ごといふに、老上達部さへ笑ひにくむを、きゝも入れずいらへもせでせばがり出づれば、權中納言「やゝまかりぬるもよし」とてうち笑ひ給へるぞめでたき。それも耳にもとまらず、暑きに迷ひ出でゝ、人して「五千人の中には入らせ給はぬやうもあらじ」と聞えかけて歸り出でにき。そのはじめよりやがてはつる日までたてる車のありけ