Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/195

提供:Wikisource
このページは校正済みです

ませゆひていとをかし。二月十日の日のうらうらと長閑に照り渡るに、わたどのゝ雨の廂にてうへ〈一條院〉の御笛ふかせ給ふ。高遠の大貮御笛の師にて物し給ふを、ことふえ二つして高砂ををりかへし吹かせ給へば、なほいみじうめでたしといふもよのつねなり。御笛の師にてそのことゞもなど申し給ふいとめでたし。みすのもとに集り出でゝ見奉るをりなどは、我が身にせりつみしなど、覺ゆる事こそなけれ。すけたゞは木エのぞうにて藏人にはなりにける。いみじう荒々しうあれば、殿上人女房はあらはにとぞつけたるを、歌につくりて「さうなしのぬし、をはりうどのたねにぞありける」とうたふは、尾張のかねときがむすめの腹なりけり。これを笛に吹かせ給ふを添ひ侍ひて「猶たかう吹かせおはしませ。え聞きさぶらはじ」と申せば「いかでか、さりとも聞き知りなむ」とてみそかにのみ吹かせ給ふを、あなたより渡らせおはしまして、「このものなかりけり。唯今こそふかめ」と仰せられて吹かせたまふ、いみじうをかし。

文ことばなめき人こそいとゞにくけれ。世をなのめに書きなしたる詞のにくきこそ。さるまじき人のもとにあまりかしこまりたるも、げにわろきことぞ。されど我がえたらむはことわり、人のもとなるさへにくゝこそあれ。大かたさし向ひてもなめきはなどかくいふらむとかたはらいたし。ましてよき人などをさ申すものは、さるはをこにていとにくし。男しうなどわろくいふいとわろし。我がつかふものなど、おはする、のたまふなどいひたるいとにくし。こゝもとに、侍るといふもじをあらせばやと聞くことこそ多かめれ。あいぎやうなくと詞し