Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/196

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なめきなどいへば、いはるゝ人も聞く人も笑ふ。かく覺ゆればにや、あまり嘲哢するなどいはるゝまで、ある人もわろきなるべし。殿上人宰相などを唯なのる名をいさゝかつゝましげならずいふは、いとかたはなるを、げによくさいはず。女房の局なる人をさへ、あのおもと君などいへば、めづらかに嬉しと思ひてほむる事ぞいみじき。殿上人きんだちを御まへよりほかにてはつかさをいふ。又御前にて物をいふとも、きこしめさむにはなどてかは、まろがなどいはむ。さいはざらむにくし。かくいはむにわろかるべき事かは。ことなる事なき男のひきいれ聲してえんだちたる。墨つかぬ硯。女房の物ゆかしうする、たゞなるだにいとしも思はしからぬ人のにくげごとしたる。一人車に乘りて物見る男、いかなるものにかあらむ、やんごとなからずともわかき男どもの物ゆかしう思ひたるなどひきのせても見よかし。すきがけに唯一人かくよひて心一つにまもり居たらむよ。曉に歸るひとの、よべおきし扇ふところがみもとむとて、暗ければさぐりあてむさぐりあてむとたゝきもわたし、「あやし」などうちいひもとめ出でゝ、そよそよとふところにさし入れて、扇ひきひろげてふたふたとうちつかひてまかり申ししたる、にくしとはよの常いとあいぎやうなし。おなしごと夜深く出づる人の烏帽子の緖强くゆひたる、さしもかためずともありぬべし。やをらさながらさし入れたりとも人のとがむべきことかは。いみじうしどけなうかたくなく〈とイ〉、直衣狩衣などゆがみたりとも、誰かは見知りて笑ひそしりもせむ。とする人はなほ曉のありさまこそをかしくもあるべけれ。わりなくしぶしぶに起きがたげなるをしひてそゝのかし、「あけすぎぬ、あな見苦