Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/193

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ゝることはいひかひなきものゝきはにやと思へど、すこしよろしきものゝ式部大夫、駿河のぜんじなどいひしがさせしなり。又酒のみて赤き口をさぐり、髭あるものはそれを撫でゝ盃人に取らする程のけしき、いみじくにくしと見ゆ。又のめなどいふなるべし。身ぶるひをし、かしらふり、口わきをさへひきたれて「わらはべのこうどのに參りて」など謠ふやうにする、それはしもまことによき人のさし給ひしより心づきなしと思ふなり。物うらやみし、身のうへなげき人のうへいひ、露ばかりの事もゆかしがり、聞かまほしがりていひ知らぬをばえんじそしり、又わづかに聞きわたる事をば我もとより知りたる事のやうに、ことびとにも語りしらべいふもいとにくし。物聞かむと思ふ程に泣くちご、烏の集りて飛びちがひ鳴きたる。忍びてくる人見しりて吠ゆる犬は、うちも殺しつべし。さるまじうあながちなる所に隱し伏せたる人のいびきしたる。又ひそかに忍びてくる所に長烏帽子してさすがに人に見えじと惑ひ出づる程に、物につきさはりてそよろといはせたる、いみじうにくし。いよすなど懸けたるをうちかつぎて、さらさらとならしたるもいとにくし。もかうのすはましてこはき物のうちおかるゝいとしるし。それもやをら引きあげて出入するは更にならず。又やり戶など荒くあくるもいとにくし。すこしもたぐるやうにてあくるは鳴りやはする。あしうあくればさうじなどもたをめかし、ごほめくこそしるけれ。ねぶたしと思ひて臥したるに蚊のほそ聲になのりて、かほのもとに飛びありく羽風さへ身のほどにあるこそいとにくけれ。きしめく車に乘りてありくもの、耳も聞かぬにやあらむといとにくし。我が乘りたるはその車のぬしさへ