Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/190

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許に車を遣りて待つに入り來る音すれば、さななりと人々出でゝ見るに、車やどりに入りてながえほうとうちおろすを、「いかなるぞ」と問へば、「今日はおはしまさず。渡り給はず」とて牛の限りひき出でゝいぬる。又家ゆすりてとりたる聟の來ずなりぬるいとすさまじ。さるべき人の宮仕するがりやりて、いつしかと思ふもいとほいなし。ちごの乳母の唯あからさまとていぬるをもとむれば、とかくあそばし慰めて「疾くこ」といひ遣りたるに、「今宵はえ參るまじ」とて返しおこせたる、すさまじきのみにもあらず、にくさわりなし。女などむかふる男ましていかならむ。待つ人ある所に夜すこし更けて、忍びやかに門を叩けば胸すこしつぶれて人出してとはするに、あらぬよしなきものゝ名のりしてきたるこそすさまじといふ中にもかへすがへすすさまじけれ。驗者のものゝけてうずとていみじうしたりがほにとこやずゞなどもたせて、せみ〈めイ〉聟にしぼり出し讀み居たれど、いさゝかさりげもなく、護法もつかねば集めて念じ居たるに、男も女もあやしと思ふに、時のかはるまで謂みこうじて更につかず。「たちね」とてずゞとり返してあれど「けんなしや」とうちいひて、ひたひよりかみざまにかしらさぐりあげて、あくびをおのれうちしてよりふしぬる。ぢもくにつかさ得ぬ人の家、今年はかならずと聞きてはやうありしものどもの外々なりつる、片田舍に住むものどもなど皆集り來て、出で入る車のながえもひまなく見え、物まうでする供にも我も我もと參り仕うまつり、物くひ酒飮みのゝしりあへるに、はつる曉までかど叩く音もせず、あやしなど耳立てゝ聞けば、さきおふ聲して上達部など皆出で給ふ。ものきゝに宵より寒がりわなゝき居