Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/189

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あはあはしうわろきことに思ひ居たる男こそいとにくけれ。げにそも又さる事ぞかし。かけまくも畏きおまへを始め奉り、上達部、殿上人、四位、五位、六位、女房は更にもいはず、見ぬ人はすくなくこそはあらめ。女房のずんざどもその里よりくるものども、をさめ、みかはやうど、たびしかはらといふまでいつかはそれを耻ぢかくれたりし。とのばらなどはいとさしもあらずやあらむ。それもある限はさぞあらむ。うへなどいひてかしづきすゑたるに、心にくからず覺えむことわりなれど、內侍のすけなどいひて折々うちへ參り、祭の使などに出でたるもおもだゝしからずやはある。さて籠り居たる人はいとよし。ずりやうの五せちなど出すをり、さりともいたうひなび、見知らぬこと人に問ひ聞きなどはせじと心にくきものなり。

     すさまじきもの

晝ほゆる犬、春の網代、三四月の紅梅のきぬ、ちごのなくなりたる產屋、火おこさぬ火桶すびつ、牛にくみ〈しにイ〉たる牛飼。はかせのうちつゞきによしうませたる。かたたがへにゆきたるにあるじせぬ所。ましてせちぶんはすさまじ。人の國よりおこせたる文の物なき。京のをもさこそは思ふらめども、されどそれはゆかしき事をも書き集め、世にある事を聞けばよし。人のもとにわざと淸げに書きたてゝやりつる文の返事見む、今はきぬらむかしと、あやしく遲きと待つほどに、ありつる文の結びたるもたて文も、いときたなげにもちなしふくだめて、うへにひきたりつる墨さへ消えたるをおこせたりけり。「坐しまさゞりけり」とも若しは「初忌とて取り入れず」などいひてもて歸りたるいとわびしくすさまじ。又かならず來べき人の