Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/178

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輿は入らせ給ふ。北の門より女房の車ども陣屋の居ねば入りなむやと思ひて、かしらつきわろき人もいたくもつくろはず、よせておるべきものと思ひあなづりたるに、びらうげの車などは門ちひさければさはりてえ入らねば、例の筵道しきておるゝに、いとにくゝ腹だゝしけれどいかゞはせむ。殿上人地下なるも陣に立ちそひ見るもねたし。御前に參りてありつるやうけいすれば「こゝにも人は見るまじくやは。などかはさしもうちとけつる」と笑はせ給ふ。「されどそれは皆めなれて侍ればよくしたてゝ侍らむにしこそ驚く人も侍らめ。さてもかばかりなる家に車入らぬ門やはあらむ。見えば笑はむ」などいふ程にしも「これまゐらせむ」とて御硯などさしいる。「いで、いとわろくこそおはしけれ。などてかその門せばくつくりて住み給ひけるぞ」といへば、笑ひて「家のほど身の程に合せて侍るなり」といらふ。「されど門のかぎりを高くつくりける人も聞ゆるは」といへば「あなおそろし」と驚きて「それはうていこく〈五字うこうイ〉がことにこそ侍るなれ。ふるきしんじなどに侍らずば、承り知るべくも侍らざりけり。たまたま此の道にまかり入りにければ、かうだにわきまへられ侍る」といふ。「その御逍もかしこからざめり。筵道しきたれば皆おち入りてさわぎつるは」といへば「雨の降り侍ればげにさも侍らむ。よしよし、また仰せかくべき事もぞ侍る。罷り立ち侍りなむ」とていぬ。「何事ぞ、なりまさがいみじうおぢつるは」と問はせ給ふ。「あらず、車の入らざりつることいひ侍る」と申しておりぬ。おなじ局に住む若き人々などしてよろづの事も知らず、ねぶたければ皆ねぬ。東のたいの西の廂かけてある北のさうじにはかけがねもなかりけるを、それも尋ねず家