Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/179

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ぬしなれば案內をよく知りてあけてけり。あやしうかればみたるものゝ聲にて「侍はむにはいかゞ」とあまたたびいふ聲に、驚きて見れば几帳のうしろに立てたる燈臺の光もあらはなり。さうじを五寸ばかりあけていふなりけり。いみじうをかし。更にかやうのにすきずきしきわざゆめに〈三字ゆめゆめイ〉せぬものゝ、家におはしましたりとてむげに心にまかするなめりと思ふもいとをかし。我が傍なる人を起して「かれ見給へ。かゝる見えぬものあめるを」といへば、頭をもたげて見やりていみじう笑ふ。「あれはたぞ、けそうに」といへば「あらず。家あるじ局あるじと定め申すべき事の侍るなり」といへば「門の事をこそ申しつれ。さうじあけ給へとやはいふ」。「なほその事申し侍らむ。そこに侍はむはいかにいかに」といへば「いと見苦しきこと、更にえおはせじ」とて笑ふめれば、「若き人々おはしけり」とてひきたてゝいぬるのちに笑ふこといみじ。あけぬとならば唯まづ入りねかし。せうそこをするによかなりとは誰かはいはむと、げにをかしきに、つとめておまへ〈中宮定子ノ〉に參りて啓すれば「さる事も聞えざりつるを、よべのことにめでゝ入りにたりけるなめり。あはれあれをはしたなくいひけむこそいとほしけれ」と笑はせ給ふ。

姬宮〈脩子〉の御かたのわらはべのさうぞくせさすべきよし仰せらるゝに「わらはのあこめのうはおそひは何色に仕うまつるべき」と申すを、又笑ふもことわりなり。「姬宮のおまへのものはれいのやうにてはにくげに候はむ。ちうせいをしき、ちうせい高つきにてこそよく候はめ」と申すを「さてこそはうはおそひ着たるわらはべもまゐりよからめ」といふを「猶れいの人