Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/176

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なる心にかあらむ、なきはらだち、打ちつる人をのろひ、まがまがしくいふもをかし。うちわたりなどやんごとなきも今日はみな亂れてかしこまりなし。除目のほどなどうちわたりはいとをかし。雪降りこほりなどしたるに申しぶみもてありく。四位五位わかやかにこゝちよげなるはいとたのもしげなり。老ひてかしら白きなどが人にとかくあんないいひ、女房のつぼねによりておのが身のかしこき由など心をやりて說き聞かするを、若き人々はまねをし笑へどいかでか知らむ。「よきにそうし給へ、けいし給へ」などいひても、得たるはよし、得ずなりぬるこそいとあはれなれ。

三月三日、うらうらとのどかに照りたる。桃の花の今咲きはじむる。柳などいとをかしきこそ更なれ。それもまだまゆにこもりたるこそをかしけれ。ひろごりたるはにくし。花も散りたるのちはうたてぞ見ゆる。

おもしろく咲きたる櫻を長く折りて、大きなる花がめにさしたるこそをかしけれ。櫻の直衣に出し袿してまらうどにもあれ、御せうとの君達にもあれ、そこ近く居て物などうち言ひたるいとをかし。そのわたりに鳥蟲のひたひつきいと美くしうてとびありくいとをかし。

祭のころはいみじうをかしき。木々のこの葉まだしげうはなうてわかやかに靑みたるに、霞も霧もへだてぬ空の景色のなにとなくそゞろにをかしきに、少し曇りたる夕つかた、よるなど忍びたる杜鵑のとほうそら耳かと覺ゆるまでたどたどしきを聞きつけたらむ、何ごゝちかはせむ。祭近くなりて靑朽葉二藍などのものどもおしまきつゝ、細櫃のふたに入れ、紙な