Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/156

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日もまだしきに、「昨日はうそ〈三字道綱イ〉ふかせ給ふことしげかんめりしかば、え物も聞えずなりにき。今のあひだも御いとまあらばおはしませ。うへ〈道綱母〉のつらくおはしますことゝ〈一字衍歟〉更にいはむかたなし。さりとも命侍らば、世の中は見給へてむ。死なば思ひ較べてもいかゞあらむ。よしよしこれは忍びごと」とて、みづからはものせず。又二日ばかりありて、「まだしきよりよくきせむ。そなたにや參りつべき」などあれば「早う物せよ。こゝには何せむに」とて出し立つ。「例の〈せむに以下十一字流布本無〉事もなかりつ」とて、歸りきたりぬ。「今二日ばかりありて、とり聞ゆべきことあり。おはしませ」とのみ書きて、まだしきにあり。「唯今さぶらふ」といはせて、しばしある程に、雨いたう降りぬ。夜さへかとりて止まぬ〈ねイ〉ば、えものせでなさけなし。せうそこをだにとて、「いとわりなき雨に障りてわび侍り。かばかり、

 「絕えず行くわがなか河の水まさりをちなる人ぞこひしかりける」。

かへりごと、

 「あはぬせを戀しとおもはゞ思ふどちへむ中川にわれをすませよ」。

などあるほどに、暮れはてゝ雨やみたるにみづからな〈一字きたれイ〉り。例の心もとなきすぢをのみあれば「なにかみつとのたまひし。および一つは折りあへぬほどに、過ぐめるものを」といへば「それもいかゞ侍らむ。ふじやうなる事どもゝはべめれば、くじはから〈二字てゝイ〉またお〈こイ有〉らす程にもやなり侍らむ。など〈ほイ〉いかでおとゞの御こと〈曆イ〉のみ、なか切りて續くわざもし侍りしがな」とあれば、いとをかしうて、「歸る雁を鳴かせて」など答へたれば、いとほがらかにうち笑