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て、かとりのひゝなぎぬ三つ縫ひたり。したがひどもにかうぞ書きたりけるは、如何なる心ばへにかありけむ、かみぞ知るらむかし、

 「白妙のころもは神にゆづりてむへだてぬ中にかへしなすべく」。

たま〈二字またイ〉

 「唐衣なれにしつまをうちかへしわがしたがひになすよしもがな」。

又、

 「夏ごろもたつやとぞ見る千早ふる神をひとへにたのむ身なれば」。

暮るれば歸りぬ。明くれば五日の曉にせうとたる人ほかより來て「いづら、今日のさそう〈二字はふイ〉は、などか遲うは仕うまつる。よる〈二字早くイ〉しつるこそよけれ」などいふに驚きてしやうぶふくなれば、皆人も起きて、格子放ちなどすれば、「暫し格子はな參りそ。たゆくかまへてせむ。御覽ぜんにもともなりけり」などいへど、みな起き果てぬれば、事行ひてつ〈ふイ〉かす。昨日の雲返す風うち吹きたれば、あやめの香は、やうかゝへていとをかし。簀子に佐と二人ゐて「天下の木草を取り集めて、めづらしげなる藥玉せむ」などいひて、そゝくりゐたる程に、「この頃はめづらしげなう、郭公のむらと〈がイ〉りてそふくにおり居たる」などいひのゝしる聲なれど、空をうちかけりて、二聲三聲聞えたるは、身にしみてをかしうおぼえたれば、「山郭公今日とてや」など、いはぬ人なうぞうち遊ぶめり〈如元〉。少し日たけてかんの君、「まてつがひに物し給はゞ、諸共に」とあり。「さぶらはむ」といひつるを、しきりに「遲し」などいひて人くれば物しぬ。又の