Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/153

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も」と書きて出したれば、佐、一つに乘りて物しぬ。佐の賜はり馬、いと美くしげなるを、とりて歸りたり。その暮に又ものして「一夜のいとかしこきまで聞えさせ侍りしをおもひ給ふれば、更にいとかしこし。今はたゞ殿より仰せあらむほどを、〈まちイ有〉さふらはむなど聞えさせになむ今宵はおひ直りして參り侍りつる。な死にそと仰せ侍りしは、千歲の命堪ふまじき心ちなむし侍る。手を折り侍るは、および三つばかりはいとようふしおきし侍ると、思ひ〈三つ以下二十字流布本無〉やりのはるかに侍れば、つれづれとすごし侍らむ月日を殿居ばかりを簀のはしわたり許され侍りなむや」といとたとしへなくけざやかにいへば,それに從ひたる。かへりごとなど物して、今宵はいととく歸りぬ。佐を、明暮呼びまとはせるつ〈さイ〉まに物す。女繪をかしくかけりけるがありければ、取りて懷に入れてもて來たり。見れば釣殿と思しき高欄におしかゝりて、中鳥の松をまは〈もイ〉りたる女あり。そこもとに紙の端に書きてかくおしへて〈二字たりイ〉

 「いかにせむ池のみづ波さわぎてはこゝろのうちのまつにかゝらば」。

またやもめずみしたる男の、文書きさして、つらづゑつきて、ものおもふさましたる所に、

 「さゝがにのいづこともなく吹く風はかくてあまたになりぞすらしも」

とものして、もて歸り置きけり。かくて猶同じごと「絕えず殿にもよほし聞えよ」など常にあれば返りごとも見せむとて、かくのみあるを「こゝには答へなむ煩ひぬる」とものしたれば、「〈いまイ有〉程はさ物してしを、などか、かくはあらむ。八月待つ程は、そこにびゞしうもてなし給ふとか、世にいふめる。それはしも、うめきも聞えてむかし」などあり。たはぶれと思ふ程に、た