Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/143

提供:Wikisource
このページは校正済みです

かへり事なし。又ほど過ぎて、

 「露深き袖にひえつゝあかすかなたれ長き夜のかたきなるらむ」。

返りごとありとも、よしかゝじ。さて二十餘日にこの月もなりぬれど、跡絕えたり。あさましさは「これして」とて冬の物あり。「御文ありつるは、はや落ちにけり」といへば愚なるやうなり。返事せぬにてあらむとて、何事とも知らでやみぬ。ありしものどもは、してふみもなくてものしつ。その後は夢の通ひ路絕えて年暮れはてぬ。晦に又「これしてとなむ」とてはては文だにもなうてぞ下襲ある。いかにせましと思ひやすらひて、これかれにいひ合すれば、猶「この度ばかり試にせよ。いと忌みたるやうにのみあればか」と定むる事ありて、留めてき。さるけなくして、朔の日大夫に持せてものしたれば、「いと淸くなりぬとてなむありつる」とてやみぬ。あさましといへばおろかなり。さてこの霜月に縣ありきの所に、うぶやの事ありしを、え問はで過してしを、いかになりにけむ。これにだにと思ひしかど、ことごとしきわざはえものせず、ことはた〈二字ぶきイ〉をぞさまざまにしたる、例の事なり。白う調じたるこ梅の枝につけたるに、

 「冬ごもり雪にまどひしをり過ぎて今日ぞ垣根のうめを尋ぬる」

とて、たちはきのを〈さ脫歟〉それがしなどいふ人、使にて夜に入りてものしけり。使つとめてぞ歸りたる。薄色のうちきひとかさねかづけたり。

 「枝若み雪まに咲ける初花はいかにとゝふに匂ひますかな」