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渡りぬ。御文ある。かへり事のはしに、「昨日はいとまばゆくて渡り給ひにき」とか〈き脫歟〉たる〈れイ〉ば「などかは。さはせでぞな〈あイ〉りけむ。わかわかしう」と書きたりけり。返り事には「老い耻かしさにこそありけり〈め歟〉。まばゆきさまに見なしけむ人こそ、にくけれ」などぞある。又かき絕えて、十よ日になりぬ。日頃の絕えまよりは久しき心ちすれば、又いかになりぬらむとぞおもひける。大夫例の所に文ものする。ことついつ〈二字イ無〉けてもあらず。これよりもいと幼きほどの事をのみいひけれは、かうものしけり、

 「みがくれのほどゝいふとて〈もイ〉あやめ草なほしたからむ思ひあふやと」。

かへりごと、なほなほし。

 「したからむ程をもしらずまこも草世に生ひそは〈めイ〉じ人はかるとて〈もイ〉」。

かくて又二十よ日の程に見えたり。さて三四日のほどに、近う火のさわぎす。驚き騷ぎするほどに、いととく見えたり。風吹きて久しう移り行くほどに、とり〈きイ〉過ぎぬ。さらなればとて、歸る。こゝにと見聞きける人〈にイ有〉は、まゐりたりつるよしきこえよとて、かへりぬと聞くも、おもだゝしげなりつるなどかたるも、くしはてにたる所につけて見ゆるならむかし。又つごもりの又の日ばかりにあり。「這ひ入るまゝに、火など近き夜こそきに〈二字にぎイ〉はゝしけれ」とあれば、「衞士のたく〈火イ有〉は、いつも」とみえ〈二字こたへイ〉たり。五月の初めの日になりぬれば、例の大夫、

 「うちとけて今日だに聞かむ時鳥しのびもあへぬときは來にけり」。

かへり事、