Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/138

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ひある人こそ命はつゞむれと思ふにそ〈うイ〉へもなく、九月も立ちぬ。二十七〈八イ有〉日の程に、つちをかすとて、ほ〈はイ〉かなる〈きイ〉よしも珍しき事ありけるを、人吿げに來たるもなめ〈にイ〉こと〈とイ有〉もおぼえねばうと〈くイ有〉てやみぬ。』神無月、例の年よりも時雨がちなる心なり。十よ日の程に例の物する山寺に、紅葉も見がてらと、これかれいざなはれば物す。今日しも時雨、降りみ降らずみひねもすに、この山いみじう面白きほどなり。ついたちの日、一條の太政のおとゞ〈伊尹〉うせ給ひぬとのゝしる。例の「あないみじ」などいひて聞きあへる夜、初雪七八寸の程たまれ〈るイ有〉。あはれあはれいかで君達步み給はむなど、我がする事もなきまゝに思ひをれば、例の世の中、いよいよさかえのゝしる。しはすの二十日あまりに見えたり。さて年暮れはてぬれば、例のことしてのゝしり明して、三四日もなりにためれど、こゝには改れる心ちもせず。鶯ばかりぞいつしかとおとしたるをあはれと聞く。五日ばかりの程に晝見え、又十よ日廿日ばかりに、人寐亂れたる程見え、この月ぞ少しあやしと見えたる。この頃、つかさめしとて、例の暇なげにのゝしる。二月になりぬ。紅梅の常の年よりも色こく、めでたう匂ひたり。我がこゝちにのみあはれと見な〈ゆイ〉れど何と見たる人なし。大夫ぞ折りて例の所にやる、

 「かひなくて年へにけりとながむればたもと〈も脫歟〉花の色にこそしめ」。

かへりごと、

 「年を經てなどかあやなく空にしも花のあたりを立ちは染めけむ」

といへり。猶ありのごとやと待ち見る。さてついたち三日の程に、午の時ばかりに見えたり。