Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/137

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とあるをいかゞ思ひけむ、白い紙に物のさきにして書きたり、

 「蜘蛛のかくいとぞあやしき風吹けば空に亂るゝものとしるしる」。

立ちかへり、

 「露にてもいのちかけたる蜘蛛のいにあらき風をば誰かふせがむ」。

「暗し」と〈てイ有〉返り事なし。又の日、昨日のしら紙思ひ出でゝにやあらむ、かくいふめり、

 「たじろ〈まイ〉のやく〈たイ〉くひ〈ひイ無〉火のあとを今日見れば雪の白濱白くては見し」

とて、やりたるを「物へなむ」とて、かへりごとなし。又の日歸りにたりや、かへりごと、言葉にてこひにやりたれば、「昨日のはいとふるめかしき心ちすれば聞えず」といはせたり。又の日「〈一日イ有〉はふるめかしとか、いとことわりなり」とて、

 「ことわりやいはでなげ〈き脫歟〉し年月もふるのやしろのかみさびにけむ」

とあれば、「今日明日は、物忌」とかへりごとなし。明くらむと思ふ日のまだしきに、

 「夢ばかり見てしばかりに惑ひつゝ明くるぞ遲きあまの戶ざしは」。

この度も、とかういひ紛らはせば、又、

 「さもこそは葛城山になれたらめ唯ひとことやかぎりなりける〈ひイ〉

誰かはならはせる」となむ。若き人こそかやうにいふめれ。我は春の夜のつね、秋のつれづれいとあはれ深き詠めをするよりは殘らむ人の思ひ出でにも見よとて、繪をぞ書く。さるうちにも今や今日やと待たるゝ命やうやう月立ちて日も行けば、さればよ、よも死なじ物を、幸