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Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/13

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十二日、雨降らず。文時、維茂が船のおくれたりし。ならしつより室津に〈つイ有〉きぬ。

十三日の曉にいさゝか小〈にイ〉雨ふる。しばしありて止みぬ。男女これかれ、ゆあみなどせむとてあたりのよろしき所におりて行く。海を見やれば、

 「雲もみな浪とぞ見ゆる海士もがないづれか海と問ひて知るべく」

となむ歌よめる。さて十日あまりなれば月おもしろし。船に乘り始めし日より船には紅こくよききぬ着ず。それは海の神に怖ぢてといひて、何の蘆蔭にことづけてほやのつまのいずしすしあはびをぞ心にもあらぬはぎにあげて見せける。

十四日、曉より雨降れば同じ所に泊れり。船君せちみす。さうじものなければ午の時より後に檝取の昨日釣りたりし鯛に、錢なければよねをとりかけておちられぬ。かゝる事なほありぬ。檝取又鯛もてきたり。よね酒しばしばくる。檝取けしきあしからず。

十五日、今日小豆粥煮ず。口をしくなほ日のあしければゐざるほどにぞ今日廿日あまり經ぬる。徒に日をふれば人々海をながめつゝぞある。めの童のいへる、

 「立てばたつゐれば又ゐる吹く風と浪とは思ふどちにやあるらむ」。

いふかひなきものゝいへるにはいと似つかはし。

十六日、風浪やまねば猶同じ所にとまれり。たゞ海に浪なくしていつしかみさきといふ所渡らむとのみなむおもふ。風浪ともにやむべくもあらず。ある人のこの浪立つを見て詠めるうた、