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こそ〈二字ともイ〉のしつ。それより後「つかさめしにて」などゝて音なし。今日は二十三日、まだ格子は上げぬ程に、或人起きはしにて妻戶をおし明けて「雪こそ降りたりけれ」といふ程に、鶯の初聲たり〈二字なれイ〉ど今年もまいて心ちも老いず。きて例のかひなき一つごとも覺えざりけり。つかさめし二十五日に大納言になどのゝしれど、我が爲はまして、所せきにこそあらめと思へば御よろし〈こイ〉びなどおこする人も、かへりては哢ずる心ちしてゆめ嬉しからず。大夫ばかりぞえもいはずしたには思ふべかめる。又の日ばかり「などかいかにといふまじきよろこびのかひなくなむ」などあり。又つごもりの日ばかりに、「なに事かある。騷しうてなむ。などか音をだにつらし」など、果はいはむ事のなきにやあらむ、さかさまごとぞある。今日もみづからは思ひかけられぬなめりと思へば、かへりごとに「御まへまうしこそ御いとまひまなかべかめれど〈ばイ〉あいなけれ」とばかり物しつ。かゝれど今はものともおぼえずなりにたれば、なかなかいと心安く〈てイ有〉、よるも裏もなう、うち臥して寐た〈いイ〉りたる程に、かど叩くに驚き〈き衍歟〉かれて怪しと思ふ程に、ふと明けてけれる〈ばイ〉心々騷しく思ふ程に、妻戶口に立ちて「とくあけよや」などあなり。前なりつる人々も、皆うち解けたれば逃げ隱れぬ。見苦しさにゐざりよりて「やすらひにだになくなりにたれば、いと難しや」とてあくれば、「さし〈らイ〉でのみ參り來ればにやあらむ」とあり。きとかあり月〈六字さてあかつきイ〉方に松吹く風の音いと荒く聞ゆる。こゝら一人明す夜、かゝる音のせねばものゝ助にこそありけれとまでぞ聞ゆる。明くれば二月にもなりぬめり。雨いと長閑に降るなり。格子などあけつれど、例のやうに心あわたゞしからねば、雨のするなめり。