Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/115

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方なくをかしく見ゆ。つば市に歸りて、としみなどいふ〈な脫歟〉れど、我は猶しやうじなり。そこより始めてあるじする所行きもやらずあり。物かづけなどするに、手を盡してものすめり。「泉河水まさりたり。いかに」などいふほどに「字治より舟の上手具して參れり」といふがわづらはし。例のやうにて、ふとわたりなど男方には定むるを、女方に猶舟にてをとあれば、「さらば」とて皆乘りて遙々と下る。心ちいとらうあり。楫取より始め歌ひのゝしる。字治近き所にて、又車に乘りぬ。さて例の所には、方惡しとてとゞまりぬ。さか〈るイ〉用意したりければ、鵜飼數を盡して、一河浮きて騷ぐ。「いざ近くて見む」とて岸づらに物建て、しき〈ぢイ〉など取りもていきて、おりたれば、足の下に鵜飼ち〈つイ〉かう〈ふ〉〈うイ〉つしどもなどまだ見ざりつる事なればいとをかしう見ゆ。きこか〈うカ〉じたる心ちなれて〈どイ〉夜の更くるも知らず、見入りてあればこれかれ「今は歸らせたびなむ。これよりほかに、今はなきを」などいへば「さわき〈二字ればイ〉」とてのぼりぬ。さてもあかず見遣ればい〈例イ〉の夜一夜ともしわたる。いさゝかまどろめばふなばたをこほこほと打ち叩く音に我をしも驚かすとん〈二字らむイ〉やうにぞさん〈二字おぼゆイ〉る。明けて見ればよるの鮎いと多かり。それよりさべき所々に、遣りあがつめるも、あらましきわざなり。ひよい〈三字ひるつイ〉程にたる〈らイ〉しかば、暗くぞ京に來着たる。我もやがていづくと思ひつれど、人もこうじたりとて、えものせず。又の日もひるつ方、こゝなるに文あり。「御迎にもと思ひしかども、こゝろの御ありきにもあらざりければ、びんなく覺えてなむ。例の所にか、唯今物に」などあれば、人々はやばやとそゝのかして渡りたれば即ち見えたり。かうしもあるは昔のことをたとしへなく思ひ出づ