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 「か〈うイ〉へしたと〈にイ〉こがるゝことをたづぬれば胸のほかに〈二字のほイ〉は鵜船なりけり」

など覺えて、猶見れば、曉がたには、ひきかへて、いさりといふものをぞする。又なくをかしくあはれなり。明けぬれば、急ぎ立ちて行くに、立野の池、泉川、はじめ見しには違はであるを見るも哀にのみ覺えたり。よろづにおぼゆる事いと多かれど、物騷がしくにぎはしきに紛れつゝあり。よ〈かイ〉うだての森に車とゞめて、破子などものす。皆人の口うまげなり。春日へとて過ぐ。院のいとむつかしげなるに、とゞまりぬる。あ〈そイ〉れより立つほどに、雨風いみじく降りふゞく。三笠山をさして行くかひもなく濡れ惑ふ人多かり。からうじて詣でつきてみてぐら奉りて初瀨ざまに趣く。飛鳥にみあかし奉りければ、唯くぎぬきにくる〈ま脫歟〉を引き懸けて見れば木立いとをかしき所なりけり。庭淸げにゐもいと〈四字みもひもイ〉飮まゝほしければ、うべやどりはすべしといふらむと見えたり。いみじきあめいやまさりなればいふかひもなし。からうじてははいう〈四字つばいちイ〉にいたりてれいのこととかくして出で立つほどに日も暮れはてぬ。雨や風猶やまず。火ともしたれど、吹きけちていみじく暗ければ、夢の道の心ちしていとゆゝしく、いかなるにかとまで思ひ惑ふ。からうじて祓へ殿に至り給ひければ、雨も知らず。唯水の聲のいとはげしきを、うきぬなりと聞く。御堂にものする程に、こゝちわりなし。おぼろげに思ふ事多かれどかくわりなきに、物覺えずなりにたるべし。何事も申さで明けぬといへど、雨猶おなじやうなり。夜べに懲りてむげに晝こ〈にイ〉なしつ。音せで渡る森の前を、さすがにあ〈な脫歟〉かまあ〈な脫歟〉かまと唯手を搔きおもてを振り、そこらの人のあぎとふやうにすれば、さすがにいとせむ