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いとあるまじく心うき事なり。唯今召しかへせ」と申させ給ひければ、「いかでか唯今はゆるさむ。音ぎゝ見苦しき事なり」と聞えさせ給ひけるを、「更にあるべき事ならず」とせめ申させ給ひければ、「さらば」とて歸り渡らせ給ふを、「おはしましなば唯今しも免させ給はじ。唯こなたにてを召せ」とて御袖をとらへ奉りて立て奉らせ給はざりければ、いかゞはせむと思しめして、この御方にしきじ召して歸り參るべきよしの宣旨下させ給ひける。これのみにもあらず、かやうなる事どもいかに多く聞え侍りしかど、大方の御心はいとひろく、人の御ためなどにも思ひやりおはしまし、あたりあたりにあるべきほどほどはすぐさせ給はず御かへりみあり、かたへの女御達の御ためにも、かつは情あり、御みやびをかはさせたまふに、心より外にあまらせ給ひぬる時の御物ねたみのかたにや、いかゞおはしましけむ。この小一條の女御は、いとかく御形のめでたうおはすればにや、御ゆるされに過ぎたる折々の出でくるによりかゝる事もあるにこそ。その道に心ばへ侍るにもよらぬ事にやな。かやうの事までは申さじ。いとかたじけなし。大方殿上人女房さるまじき女官までもさるべき折のとぶらひをせさせ給ひ、いかなる折も必ず見すぐし聞き放たせ給はず、御覽じ入れてかへりみさせ給ふ。まして御はらからたちをばさらなりや。御兄をば親の樣に賴み申させ給ひ御おとゝをば子の如くにはぐゝみ給ふ御心おきてぞや。さればうせおはしましたりし、ことわりとはいひながら、ゐなかせかいまでこそ聞きつぎ奉りて惜み悲しび申しゝか。御門よろづの政をば聞えさせ合せてせさせ給ひけるに、人のためなげきのあるべき事をばなほさせ給ひ、よろこび