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浦へも遣さまほしきまでおぼされけれども、さすがにてつかさ皆とゞめて、いみじうかうぜさせ給へば、かしこまりて、岩倉の山庄にこもりゐぬ。花の盛におもしろきをながめて、

  「うき事も花にはしばしわすられて春のこゝろぞむかしなりける」。

すけの君は歸りまゐれるを、つらしとおぼすものから、うきにまぎれぬ戀しさとや、いよいよらうたがらせ給ふを、さしもあらず、さうじみはなほすき心ぞ絕えずありけむかし。

  「たえはつるちぎりをひとり忘れぬもうきもわが身の心なりけり」

とてひとりごたれける。すゑざまには公泰の大納言いまだ若うおはせし頃、御心とゆるして給はせければ、思ひかはしてすまれしほどに、かしこにてうせにき。御門の御母女院十一月うせ給ひにしかば、內のうへ御服たてまつる。天下ひとつにそめわたして、葦簾垂とかいとまがまがしきものども懸け渡したるも、あはれにいみじくぞ見ゆる。五節もとまりぬ。若き人々などさうざうしく思へり。當代もまたしきしまの道もてなさせ給へば、いつしかと勅撰のことおほせらる。前藤大納言爲世うけたまはる。玉葉のねたかりしふしも、今ぞ胸あきぬらむかし。この大納言のむすめ權大納言の君とて、坊の御時かぎりなくおぼされたりし御腹に、一の御子、女三のみこ、法親王などあまたものし給ふ。かの大納言の君はやうかくれにしかば、この頃三位おくらせ給ふ。贈從三位爲子とて、集にもやさしき歌おほく侍るべし。さて大納言は人々に歌すゝめて、玉津島の社にまうでられけり。大臣上達部よりはじめて、歌よむと思へるかぎり、この大納言の風を傳へたるは漏るゝものなし。子ども孫どもなど、いき