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の御前にてむかし今の御物語などのどやかに聞え給ふ。又の日夕つけて衣笠殿へ御むかひに忍びたるさまにて、殿上人一二人御車ふたつばかり奉らせ給ふ。寢殿の南おもてに御しとねども引きつくろひて御對面あり。とばかりして院の御方へ御消息聞え給へればやがてわたり給ふ。女房に御はかしもたせて御簾の中に入りたまふ。女院はかうのうすにほひの御ぞ香染などたてまつれば、齋宮紅梅のにほひにえび染の御小袿なり。御ぐしいとめでたくさかりにて二十にひとつふたつやあまり給ふらむとみゆ。花といはゞ霞の間のかば櫻尙にほひ劣りぬべくいひしらずあてに美しうあたりも薰る御さましてめづらかに見えさせ給ふ。院はわれもかう亂れおりたる枯野の御狩衣、薄色の御ぞ、紫苑色の御指貫なつかしきほどなるをいたくたきしめて、えならずかほりみちてわたりたまへり。上﨟だつ女房、紫のにほひ五つに、もばかり引きかけて色の御車にまゐり給へり。神代の御物語などよき程にて故院のいまはの頃の御事などあはれになつかしく聞え給へば、御いらへもつゝましげなるものから、いぶせからぬほどに、ほのかに物うちのたまへる御さまなどもいとらうたげなり。をかしき樣なる御みき御くだ物、こはいひなどにて今宵ははてぬ。院も我が御方にかへりてうちやすませ給れへど、まどろまれたまはず。ありつる御面影心にかゝりておぼえ給ふぞいとわりなき。さしはへて聞えむも人ぎゝよろしかるまじ、いかゞはせむとおぼしみだる。御はらからといへど年月よそにておひたち給へれば、うとうとしくならひ給へるまゝに、つゝましき御思もうすくやありけむ、なほひたぶるにいぶせくて止みなむはあかず口をしとおぼす。けし