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かでか侍らむ」など人申しければ、「うやかきて、まさしくありつるものを」とのたまひけるは、その家正といふが親の讓りたる所を、とり給ひけるを、からく思ひける程に「よせ文を奉れ。預けむ」など侍りければ、喜びて奉りけれど、預からざりけるとぞ聞き侍りし。家正とは、さねしげとて、式部の大夫とか聞こゆるが、をぢになむきこえし。故宰相うせ給ひけるにも、「卿殿おはしまさねば、侍はむとてなむ」といひて出できたりけるとかや。さてその所は、むすめ尋ね出だしてかへさるなどきこえ侍りし。後いかゞ侍りけむ。これならず大宮のおほいどのゝ、ものゝけなどいふ者も侍るが、年老いたりける僧のしる所侍りけるを、それも妨げ給ひければ、參りて中門の廊に、つとめてより、日たくるまで居たりけれど、家人も御けしきにやよりけむ、申しもつがざりけるを、民部卿幼くて、うつくしきわか君の、遊びありき給ふに、この僧のいとほしくつくづくと居りければ、訪らひて、「われ申さむ」とて、殿に申し給ひければ、人出だして問はせ給ひけるに、「しかじかの所のこと、うたへ申し侍る」など申しければ、その由あることなど、こまかに云ひ出だし給へりけるを、「ことわりの侍らむは、とかく申すべくも侍らず。年ごろもしるべくてこそ、久しくもしり侍らめ。何かは申すべからず。命の絕え侍りなむずることのかなしくて」と申しければ「いはれのあれば」とて、かなひ侍らざりければ、「いかにも命絕え侍りなむとす。たゞし若君をばなさけおはしませば、守り奉らむ」と申しけれど、それも、ものゝけに出でけるを、守らむといひしはなどありければ、「さ申し契り思うたまふれば、守り奉るに、その御ゆかりと思ふによりて、おのづから參りよる