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たところにおはしませば、藤氏は一の人にて、源氏は御母方やんごとなし。御流れかたがたあらまほしくも侍るかな。今の世の事、新しく申さでも侍るべけれど、ことのつゞきなれば、申し侍るになむ。このおとゞ永曆元年八月十一日、內大臣にならせ給ひて、同月左大將かけさせ給ひき。同二年九月十三日、左大臣にのぼらせ給ひて、永萬二年七月二十七日、攝政にならせ給ふ。御とし廿二におはしましき。やがて藤氏の長者にならせ給ひき。仁安三年二月、當今位に即かせ給ひしに、又攝政にならせ給ふ。いとやんごとなくおはしましける御さかえなり。御兄の攝政殿も、宇治の左のおとゞも、其の御子の大將殿も、長者つぎ給ひて久しく坐しまさば、一の人の御子なりとも、大臣にこそならせ給ふとも、かならずしも、家のあとつがせ給ふ事かたきを、この御報にや、押されさせ給ひけむ。皆夢になりて、かく忽に攝政にならせ給ひ、藤氏の長者におはします。三笠の山の朝日は、かねて照らさせ給ひけむ、御身のざえをさなくよりすぐれておはしますとて內宴の詩なども、兄をさしおき奉りてその席にさしいらせたまひき。御心ばへあるべかしく、まだ若くおはしますに、公事をもよく行はせたまふ。おとなしくおはしますなり。閑院ほどなく作りいださせ給ひて、上達部殿上人など、詩つくり、歌たてまつりなどして、昔の一の人の御有樣には、いつしかおはします。心ある人、いかばかりかは、ほめたてまつるらむ。みかどに貸し奉らせ給ひて、內裏になりなどし侍らむも、世の爲も、いとはえばえしきことにこそ侍るなれ。ゆく末思ひやられさせ給ひて、然るべきことゝ、世の爲も、たのもしくこそうけたまはれ。此の二人の攝政殿たち、皆御子おはします