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り給ふ。それおり給へるに、又御門ひとりを隔てゝ又四十八代にかへりゐ給へるなり。母后を贈皇后と申す。しかれば不比等の大臣の御女二人ながら后におはしますめれど、高野女帝の御母后は贈皇后と申したるに、おはしまさぬよに后にゐ給へると見えたり。かるがゆゑに不比等大臣は光明皇后、又贈皇后宮の御父、聖武天皇ならびに高野女帝の御おほぢにおはします。〈或る本、又高野女帝の御母后生き給へる世に后に立ち給ひて其の御名を光明皇后と申すとなり。聖武の御母も坐しましゝ世に后となりて、贈后と見え給はず。〉

一 贈太政大臣冬嗣のおとゞは、太皇太后順子の御父、文德天皇の皇祖父。

一 太政大臣良房のおとゞは、皇太后宮明子の御父、淸和天皇の御おほぢ。

一 贈太政大臣長良のおとゞは、皇太后宮高子の御父、陽成院の御祖父。

一 贈太政大臣總繼のおとゞは、贈皇后宮澤子の御父、光孝天皇の御おほぢ。

一 內大臣高藤のおとゞは、皇太后后胤子の御父、醍醐天皇の御祖父。

一 太政大臣基經のおとゞは、皇后宮穩子の御父、朱雀天皇幷に村上帝二代の御祖父。

一 右大臣師輔のおとゞは、皇后宮安子の御父、冷泉院幷に圓融院の御祖父。

一 太政大臣伊尹のおとゞは、贈皇后宮懷子の御父、花山院の御祖父。

一 太政大臣兼家のおとゞは、皇太后宮詮子幷に贈后の御父、一條天皇幷に三條天皇の祖父。

一 太政大臣道長のおとゞは太皇太后宮彰子上東門院、皇太后宮姸子、中宮威子、尙侍嬉子、春宮の御息所の御父、當代幷に春宮の御祖父に坐します。こゝらの御中に后三人並びすゑて見奉らせ給ふことは、入道殿より外に聞えさせ給はざめり。關白左大臣、內大臣、大納言二人、中納