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るさまして子どもあつかひをいとまなくつぎつぎし給へば、をかしき所もなく覺ゆ。さすがに腹惡しくて物ねたみ打ちしたる、あいぎやうづきて美しき人ざまにぞ物し給ふめる。院は對へわたり給ひぬ。うへはとまり給ひて、宮に御物語など聞え給ひて曉にぞ渡り給へる。日高うなるまで大殿ごもれり。「宮の御琴の音はいとうるせくなりにけりな。いかゞ聞き給ひし」と聞えたまへば、「初めつかたあなたにてほの聞きしはいかにぞやありしを、いとこよなくなりにけり。いかでかはかくことごとなく敎へ聞え給はむには」といらへ聞え給ふ。「さかし、てをとるとる覺束なからぬ物の師なりかし。此彼にもうるさく煩はしくていとまいるわざなれば敎へ奉らぬを、院にも內にもきんはさりとも習はし聞ゆらむとのたまふと聞くがいとほしく、さりともさばかりの事をだにかく取りわきて御うしろみにとあづけ給へるしるしにはと、思ひ起してなむ」など聞え給ふついでにも「昔世づかぬ程をあつかひ思ひしさま、その世にはいとまもありがたくて、心長閑に取りわき敎へ聞ゆることなどもなく、近き面ぼくありて、大將のいたく傾ぶき驚きたりし氣色も思ふやうに、嬉しくこそありしか」など聞え給ふ。かやうのすぢも今は又おとなおとなしく宮達の御あつかひなど取り持ちてし給ふさまもいたらぬことなく、すべて何事につけてももどかしくたどたどしきことまじらず、ありがたき人の御有樣なればいとかく具しぬる人は世に久しからぬためしもあなるをと、ゆゝしきまで思ひ聞え給ふ。さまざまなる人の有樣を見集め給ふまゝに、取り集めたら